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「ライトボディの目覚め」の引用

松果腺の資料、「ライトボディの目覚め」

昨日、「ライトボディの目覚め」という本を、タロット練習会の参加者が持ってきてくれたので、
ここで引用してみます。松果腺関連の部分は、全部付箋が貼ってありますので、親切です。

83ページ
「ライトボディ第七レベルでは松果腺と脳下垂体が開き始め、額か後頭部に圧迫を感じるかもしれません。」「額のまわりのエネルギーがすっかり変わり、しわが消えます。松果腺は多次元的なやりかたで機能します。」「あなたは奇妙な体験をしはじめます。自分がほかの次元にいたり、この惑星の上でほかの人の体に入っているのに気づくかもしれません。私たちはこれらを共時現象と呼んでいます。ほとんどの人の場合、いま現在のこの惑星上という並行現実に十二人のあなたが存在しています。」

89ページ
「ライトボディ第八レベルでは、普通ならグリーンピース大である松果体と脳下垂体が成長し、形が変化しはじめます。それらが成長するにしたがって、ときどき頭の中に圧迫感を感じるかもしれません。」「断続的な頭痛が起こるかもしれないし、そうでないかもしれません。」「あなたの眉間にだれかの指が置かれ、押されているように感じることがあるでしょう。」

91ページ
「脳下垂体と松果体の機能が開かれて一緒に活動するとき、『聖約のアーク』として知られるものを生み出します。頭の上の第四の眼から第三の眼あたりにかけて、虹色の光のアーチがつくられるのです。これは高次元の光の言語の解読装置です。」「あまたの脳の機能が変わり、幾何学形や音色を通して物事を見たり考えたりするようになります。」

117ページ、これはライトボディの段階的な説明でなく質問コーナー

「ライトボディのプロセスではあなたの脳の機能がシフトする時点があって、そのとき頭痛を経験するかもしれません。松果体と脳下垂体を開くように促すことで、楽に通過することができます。これは起こるべくして起こる自然なプロセスです。瞑想した状態で目を閉じ、眉間に意識を集中してください。少し頭痛がしたり、何回か実行しなければならないかもしれませんが、ある時点で松果体が新たな機能に変換されたときに発される、明るい閃光を見るでしょう。この閃光が見えるまで、松果体のためにあなたの意識と注意を後頭部に集中させてください。それはあなたに、松果体の機能が新たに切り替えられたことを告げます。」

このライトボディの目覚めという本は、大天使アリエル&タシラ・タチ−レン著となっていて、精神分裂的なばらばら感もある。ウォーク・インの共通特徴かもしれないです。

で、この引用部分を読むと、やはりカバラ的な世界観ですね。
松果体は、より上位のボディとの連結の装置になっていて、それがつながると、アーチが作られる。イギリスの虹の下の金の壺というイディオムは、実際に、このアーチができると、黄金色で頭の上が光って、まぶしくなることを説明しているのだと思っていました。

リモートヴュイング的な使い方でなく、いわゆるスピリチュアルな開発の場合には、カバラの四つの界のつながりの図式と同じように、肉体的な頭の位置に、次のイェツィラー界の胸が来る。で、これはどこかでわたしは書いたことがあると思うけど、小天使の胸が頭にあたる位置に来て、ちょうど床屋さんで、頭をいじられているというか、相手が胸を頭の位置に持ってきて、上から頭を触るという配置関係になります。
で、その時には眉間に指が置かれている感じとか、上から頭を持ち上げられている感じとか、頭痛とか、吐き気とか、そういうのが出てきたりする体験がありました。これはわたしのたぶん22歳とか23歳頃の体験だった。頭痛、それに頭を誰かが持ち上げている。それが一ヶ月いじょう続く。いったい誰なんだーと思っていたら、夢の中で、三十代の感じの女性が、わたしの頭を改造しているような床屋風景が出てきたのです。

で、このつなぎ装置ができると、三番目のブリアー界の足が、肉体の頭に乗る。こういうので、回路ができるのでしょう。
で、リモートヴュイングの回路は、こういう上空に接続するものとは微妙に違います。
階段は上空から、大地に完全にアースされているべきだという考えで、

いまやってる練習会では、具体的で、地上的で、実際にものとして存在するものをリモートヴュイングできるという条件が整ったら、はじめて、上空への探査を始めても良いという決まりを作っています。
テストは簡単です。というのも、具体的なサーチなので、それが本当にあるのかどうか、確認できるからです。
現実には、具体的なものをターゲットにするRVで松果腺を開発しても、それは同時に、上空への開発も自動的にはじまってしまいます。このふたつは切り離せません。しかし、地上的なものをしないで、上空へ繋ぐというのは、禁止です。
これは、下にあるものは上にあるものに似ているという言葉ではないけど、下に繋がないで、上に行こうとすると、モンローとかが言ってる「信念体系」の中に迷い込んでしまう原理があります。思いこみ領域ね。
確実に着地すると、確実に、まっすぐに上に抜ける力が生まれます。すると信念領域を突破して、その上に行くことができます。言い換えると、大天使につながるには、爬虫類領域まで降りなくてはならないということもあります。小天使領域には、ほ乳類動物領域まで。レプティリアンは、実は人間型の知性体よりも進化している種族で、それはこの上と下の関係性との絡みで考えてもいいかもしれない。実際はそう類型的に単純ではないけど。
| 名前の由来 | 06:08 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |

シュタイナーの松果腺

シュタイナーの松果腺についての言及を調べてもらいました

以下、メールの内容。
シュタイナーが松果腺をどうとらえていたかについてですが。

西川隆範先生の「シュタイナー用語辞典」には、松果腺についてこのようにあります。
「地上の人間の最初の感覚器官。レムリア時代には、熱を知覚する器官であり、受精器官であった。レムリア時代には照明器官でもあり、一眼巨人の伝説の元にもなった。太陽の力に刺激された器官で、月が地球から分離したころは、寒暖を知覚する感覚器官であった。アトランティス時代に、エーテル体頭部にあった知覚の中心点が、今では松果腺であり、これが発展すると人類は霊視力を取り戻す(幼児の頭の柔らかい部分が、その名残である。)松果腺は、心臓から流れてくる精妙なエーテルの流れに取り巻かれており、脳に認識の可能性を与えている。松果腺という回り道をして、エーテル化された血液は脳に作用するのである。松果腺は目の平行器官として発達し、目が作るイメージに現実性を与える(熱器官である松果腺が退化したことによって、目が発達できた)。将来、松果腺は使用された血液を新鮮な血液に変える内的器官になる。死後、心臓は松果腺に変わる。」

シュタイナーは、人体のどの物質的器官(肉体)も、超感覚的な器官(エーテル体、アストラル体、自我)に浸透されていると考えていたようですが、超感覚的な器官が受け取った外界の作用は、松果腺を通して、エーテル体に刻印されるということらしいです。
どの器官も、程度の差こそあれ、物質と超感覚的存在との四重の存在ということですが、脳の中で、超感覚的側なのが松果腺、物質側なのが脳下垂体で、その間で、超感覚的なものが物質化されるということかなと思います。
感覚的なものと超感覚的なものは、単に振動数の違いで、その間は連続しているとすると、松果腺と脳下垂体は、変換器みたいな役割をしてるのかな、と想像します。
シュタイナーの「神智学」には、松果腺は、霊と体を結びつけて、その間には魂としての状態がある、とも書かれてます。「松果腺に魂がある」(デカルトでしたでしょうか??)とはそういうことかなと。


それから、RVはメールを介して友人に手伝ってもらってるのですが、精度が徐々に上がってきてるみたいで(もちろん一進一退ですが)、これも個人的には、「手で受信する」と意識してるぐらいがちょうどいいみたいです。「私は封筒の中身に興味ないから、勝手に書いてね」ぐらいじゃないと、0・3秒に追い付けないよう。手が勝手に書いてるくらいの方が、松果腺で受信したものを、エーテル体の流れに乗せないで引っ張ってこれます。脳下垂体に捕まってイメージと記憶に落とされる前に、横取りしてしまうという感覚です。
このやり方が良いのか、またこのやり方は、超感覚的なものをどう扱っているのか、第一に危険でないのかどうか、見極めはこれからになります。
ただ、タロットでシャッフルしてるときの「選んでいる」感覚と、「勝手に書いてね」は一緒っぽいです。

話飛びますが、レムリア時代の人間は、爬虫類人間だとシュタイナーは書いていますよね。 私は松村先生の記事読むと、いつも、昔読んだムーの挿し絵の、レムリア人思い出します。

メール終わり。省略した部分もあります。

0.3秒以内の場合、
イメージ、印象、認知力、どれもついてこれないし、
ついてこれないことが肝心なので、
手が描いたものの意味がわからない。それをペンでなぞることで、
少しずつ感触を引き出すという感じです。

で、この0.3秒以内知覚は、いままでは認知力の中に考慮されておらず、
自分で考え、自分で思い行動していると思っていたけど、
実は0.3秒以内に、行動が始まっており、思考は、その後から
それを説明することや、中止あるいは継続の命令を出すことしかできないということになり、
どんなことも、決定権は0.3秒以内の知覚にあるという話になってきます。
なので、練習で、0.3秒以内領域を強調して、そこの比率を増やすことは
建物のほんらいあるべき基礎部分をあらためて認識・強化するということになるでしょう。
グルジエフ的に言えば、これは思考速度48よりもはるかに早い動作・本能24に主導権を譲ることで、
小アルカナカードの、小姓から、騎士へ、わたしの新しいタロットの本(説話社)に書いているところのフェイズ2に移行することに他ならず、
実は健康で、健全な存在状態を取り戻すことになります。
ここを基礎にしないほうが、ばらばらになります。
つまり思考48が、そもそも実権を握っていないにもかかわらず、あたかも力を握っているかのように
思いこむことで、頭でっかちになり、身体と同調できないということに。また危険度も高まります。
もちろん、騎士の意識であるフェイズ2は、身体性、感情、思考の三つがあり、
個人によって発達状態が著しく違うので、それによる相違が出てきます。
0.3秒原則を厳格に守るのは、こうした個人差をある程度考えずに、誰にも共通するようなテクニックとして
考えられたものということになります。つまり感情や思考がフェイズ2が発達すると、
0.3秒以内情報を邪魔しないからです。
小姓のどんよりした思考よりも、騎士のほうがはるかに速度が早いということを基準に考えると、
即断即決ができないで、時間がかかるほど、人間は決定力が鈍ってきて
さらに遅くなると、もう何も決められないツボにはまることに。ここで起きたことを説明するだけで終始。

チャネリング情報などで、地球が第三密度から第四密度に移行するという話がでてくる時は
地球意識が思考48なので、これが動作・本能速度の24に「重心が」移動すると考えると良いのでは。

いずれにしても、わたしがよく言う、鏡像構造というのが働いているので、
現代の科学的な考えで、古皮質、旧皮質、新皮質へ進化するという考えにさらに反対側に
新皮質、旧皮質、古皮質へとより高次になっていく意識が組み合わされていると考えた方が正しいでしょう。

ちなみに、シュタイナーの言及を読むたびに、わたしはシュタイナーの影を思い出してしまう。
シュタイナーは影を残して去っていった。何か黒々としたものがあって。
するとシュタイナーのI thereクラスターは、ここから移動できないので、
シュタイナーはこのお荷物を片付けるために、どこかに戻ってくるのでは、と。
それはまだシュタイナー(の世の中に対する影響力)が終わっていないということを意味している。
I thereクラスターが忽然と移動するというのは、他の人の記憶の中からも消去されることを意味すると思うので、移動した時には、はじめからなかったかのように、過去からも消され、未来からも消され、ということになるのでは。
| 名前の由来 | 06:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

バトラーの訓練法

アメリカから来たメールで、また額の傷の話

メール引用します。

1、今朝変な夢を見ました。

「気がつくと、目の前に彼がいます。
彼は疲れているらしく、私がそれを癒してあげると言い、
すでに彼の額には、竹串のようなものを刺してあります。
それが効くのだと、彼に言います。
そして、串を指で押し、少し刺激を与えます。
串は豆腐に突き刺したように、難なく動き、
私は、「彼の脳みそは大丈夫なのだとうか?」と、疑問に感じます。

そろそろ串を抜こうとすると、竹串の太さではなく、
直径一センチぐらいの太さです。
「上手く抜けるのだろうか?」と、ちょっと不安だったけど、
あまり力を入れなくても、抜けました。
けれど、その棒とともに、ジェリーのような半透明な
赤いものが、彼の額の穴からドロドロと流れだします。
「大丈夫よ」といいながらも、私は内心少し慌てて、
ティシューで拭こうとします。
しかし、その赤いものは、彼の額の真ん中で盛り上がってきて、
まるで昨日、道ばたで摘んで食べた、木いちごのように、
プルプルして、ブツブツがあり、
しだいに彼の額で固まりつつあります。
その形は、まるで大仏の頭のブツブツのようです。」

そこで夢が覚めました。
松村さんの雑記の内容に連動した夢は多くみますが、
今回のは、悪夢のような気持ち悪さでした。

メール終わり

これはサブスペース的な領域での体験、
サブスペース的な身体に対するものなので、このぐらいでいいと思います。

松果腺と思われる頭の真ん中から、額までの通路開発では、
W.E.バトラーの本にも記述がありました。昔読んだことのある本で、
とても懐かしいです。魔法修行という平河出版の本。
ここでは、イメージ開発という手段を通じて、通路を作っていく方法です。

第一段階

●選んだ絵を虚心にみつめた後、注意を内側に向けて、目を閉じて、心に映じたイメージを保存しながら、頭の内なる暗黒の中に入っていくような気持ちで、このイメージを運ぶ

●イメージが視覚中枢に到達するまで続ける

●心の深みに引きこもる時、完全に息を吸い込んだ状態にタイミングを合わせる

●息を吐きながら
、頭の前面に意識を戻し、目を開いて、その絵を再び見る。

●これを繰り返すが、目を開いた時に見る絵の部分を次々に変えていく。つまり断片を少しずつ内側に運ぶように。


第二段階

●頭の後ろのほうで、心のイメージをはっきり思い描き、次にそれを前のほうに、目にまでもってくる。そして最後に、そのイメージを頭の外側に投射して、主観的なイメージとしてでなく、明瞭な客観的映像として外にそれを視なければならない。

●このためには投射用のスクリーンを用意する。

●スクリーンを用意したら、イメージを心の中で目の前に持ってきて、さらに鏡の面に投射する。
「たぶん、かなり長い間、この行法を行っても、うまくいかないだろう。だが、その後まったく突然、鏡の鈍い表面の中に絵の一部が視みえてくるはずだ。絵の一部といったが、われわれは心の能力を一点に合わせる形で使っているからである。一種の心の懐中電灯のようなもので、見たいと思う対象のあちこちに焦点の定まった光線をあてながら、ものを調べるのである。心の光線が広くなればなるほどに、鏡に投射できる部分が多くなる。」121ページ

ここで書いてあるのは、肉体的な組織はそのまま触れないままにして、サブスペース的なもの、あるいはいわゆるエーテル的な身体の中で、この通路を作り出すという練習ですね。

で、バトラーは、
「ここの識域下の部分は、非常に遠い過去から進化を重ねてきたものであって、当然非常に原始的な局面を持っており、原始時代の初原的意識を反映している。しかしそれはまた、われわれの意識全体のうち、内なる次元に生きているかの部分と結びついており、あらゆる心霊的体験は、高次元のものであれ、低次元のものであれ、この識域下の次元を通して覚醒的自己へと伝達されるのである。」125ページ
ということを述べている。

脳の古皮質にあたるところは、外への通路でもあって、新皮質のほうには、この真の外側への回路がないです。つまりわれわれの脳の世界を超えるものは、脳の世界を作る前の段階に戻る場所で発見されるというような仕組みで、イメージ訓練を借用しながら、頭の真ん中と額を行ったり来たりして開通させる。
なので、たとえば、ケテルあるいはサハスララチャクラみたいに、頭の上のほうに「抜ける」中枢というのは、実は頭の表皮の上にあると考えるよりも、頭の真ん中からつながっていると考えると良いです。
そこを開けてしまうと、膨大にエネルギィが入り込む。それを日常の生活レベルにつなぐには、松果腺から、脳下垂体へというふうに、不随意的な領域へと接続する。印象としては、脳の真ん中から、額にパイプを通すということでしょう。バトラーはケテルを太陽と言っていて、これはティファレトの太陽とはっきりと区別されるので、これが、わたしが言ってたド太陽と、ラ太陽の違いですね。この回路を通すことで、太陽系の外とつながる太陽の「弁機能」は回復する。この回路が開かないと、太陽系の外とはつながらない。しかし、それでも生活には困らない。外宇宙、太陽、惑星という三段階連鎖の占星術を考える時には、この太陽回路を開かないことには始まらないし、知的なアプローチのみでは理解するのは困難です。

バトラーの場合、イメージ訓練が、他のいくつかのものと違うのは、目をつぶって思い浮かべるというのでなく、はっきりと肉眼で見ないといけないということです。かなり濃いです。
で、そのための投射道具は、わたしの場合には、30年前は、凸型ガラスの膨らんだ側にエナメルを塗り、内側を見るというバトラー指定のものでした。これは化学用のシャーレーで作れる。といっても、30年前はそれを知らなかったので、実際のめざまし時計を買ってきて、蓋のガラスをとりはずして使っていた。
で、わたしは肉眼で映像が見えるようになったけど、それはかなり時間がかかりました。
たぶん理由は、このバトラーの言う、イメージを吸い込んだり、出したりという往復運動をしないで、日々、受動的な「観賞」のみを続けていたため。飽きたり、気が散ったり。しかしそれでもただただ続けた。

あらためてバトラーのこの本読んでみると、バトラーは、呼吸法をかなり積極的に使っていますね。こうすると、エーテル的な補給がかかるので、たぶん、あらゆる練習が「濃く、リアルに、元気に」なっていく。モンロー研究所のヘミシンクで、エナジーバルーンを作るのがあって、それはバトラーの用法でもほとんどかわらないのがあるけど、違いは呼吸法を伴って、バルーンを作ること。
こんなことしてると、活力がぴちぴちぱんぱんになります。なので、違うページで、バトラーは、これがいわゆる性欲などを刺激しすぎることから、よその流派では禁止している場合もあると、それとなく書いてます。それを回避するには、違う回路を作ってそこに流せ、と。

肉眼で映像を見るのは、けっこうエネルギィ使うので、呼吸法で補うくらいでちょうどいいのかもしれない。前に、アロマのラベンダーで、この回路が開いてしまい、夜中に目がさめても、額から投射される夢の動画映像が消えず、起き上がってもまだ消えないので、どうしようと困った時があるけど、その時、腰からゴーッと激しくエネルギー消費していました。まるで音が聞こえるかのように。
腰から消費するなら、やはり、足下のマルクトから、地球の力を吸い込まないといけない。これができない場合には、肉食動物みたいに、人の腸から栄養取る人も出てくるね。(団体所属も、これを補うだろうし)。草食動物なら、大地の植物から取り込む。これも植物を借りていることには違いないが。

関係ない話ですが、いま思い出したので、ここに書いとこ。神社寺院の祈祷のことを雑記に書いているが、何年か前に豊川稲荷で祈祷を受けてみたことがある。その時、豊川稲荷は、型ばかり受け付けたけど、本当の意味では、あまり歓迎されてなかった。わたしのほうにもちょっとしこりが残った。それに対して、こないだ江ノ島神社の祈祷受けた時には、はっきりと見えるくらい、扉が開いて、しかも向こうが途中からわたしを掴んで引きずり込んだので、受け入れ体制完全という感じでした。なにしてんの、来るの遅いじゃんという感じだった。(じつは今も手に感触が残るというような感じ。大変に柔らかい。)受け入れられた人は、同じことをしてしまう。つまり型が伝わる。
| 名前の由来 | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

ドランヴァロ・メルキゼデクのマカバ、松果腺、山手国弘

マカバ、クンダリニ、山手国弘

ドランヴァロ・メルキゼデクの「フラワー・オブ・ライフ」に、マカバについては比較的詳しく書いてありましたね。
で、読んでみると、マカバという名前を使わないで、同じ構造のことならば、
わたしは35年前に知っていて、それを開発することにそうとうに時間をかけていた。
このメルキゼデクの言うマカバ、昔からよく知られているものだった。とくにヨガ関係では。

 その頃、メディテーション時代みたいな名前の雑誌に、山手国弘氏とSF小説家の星新一の対談があって、もともとこのふたりはかなり親しい間柄らしかった。で、山手氏が自分の体験をえんえんと語っていて、ヨガでいう、クンダリニが動き始めてから、毎晩パンツが焦げるようになり、写真をインドのグルに送ったが、回答をもらえなかった。で、そのうちにカラダを壊して、深刻な事態になった。こういうところから、山手氏は、脱カルマ瞑想法を開発したんですね。
 で、うまくいくと、下から上がる女性力としてのクンダリニと、上から降りる男性力としての、シバ神的な力が合流して、胸の中心で、横にぱーっと輝くように広がる配置ができる。その段階で、クンダリニは安全なものとなるという話しでした。

 これでわかると思うけど、この山手氏の言う構造が、マカバそのものです。で、山手氏は妙なことをたくさん言っていて、それで、わたしが講談社現代新書で本を書いていた時、担当の編集者が、「山手氏を引用しないでください。かなり怪しいですから。」と言ったくらい。引用される著者がおかしいと、本の信頼度が落ちるんだと。
 で、山手氏の発言の中で、妙なところは、時間のない宇宙に自分が飛んでいくとか、どんなところでもすっ飛んで行くというやつかもしれない。つまりは本人は言わなかったけど、マカバに乗って・・・ということでしょう。

 わたしはクンダリニ開発にはまりました。で、ある時期、ちょっと体調がおかしくなった時、夢で、巨大な怪獣が火を噴いて、わたしを焼こうとする。その時に、巨鳥がやってきて、その翼で、わたしのカラダを包んで保護したという夢を見ました。ヨガ関係の本で、比較的指摘されていないことは、クンダリニという女性力を開発する時に、それだけでは暴走して危険なことになる。山手式に言うと、身体の中に代謝毒がたまっていると、それと結合して、ガン組織のようなものを作り出す。だから、それを除去するために脱カルマしなくてはならないという話が、欠けやすいということです。
 でも、代謝毒うんぬんよりも大事なことは、解放される女性力に対して、それに釣り合う男性力が同時に働かないと、胸の位置での放射状の翼はできないということなのです。これは下から作って、次に上を、というような段階的な開発でなく、同時に進まないといけないというニュアンスです。もたもたしてると、その間に、焼かれてしまう。(そういう事故の話はたくさん聞いた。)
 この場合、上がなくて、下の女性的、あるいはメルキゼデク式に言うと、地球四面体が活発に活動すると、それはコントロールを奪われて、かなり迷惑な事態に陥ります。生活が。

 簡単な話として言うと、女性的な要素と男性的な要素が、片方だけが強く働く場合、もう片方が、地上の異性に投影されて、縛られてしまい、マカバは飛ばないということです。自身の中に、男性と女性が両方所有される。これは錬金術師の「女性の所有が目的」というものと似ていますね。

 で、わたしがクンダリニを開発していた期間、最終的には、腰から上がってくる活力に舞い上がるような感じになり、それまで虚弱体質だったのに、顔色が変わり、そして、何か荷物を持ちたくてしかたがないというか、坂を上がるときにも、後ろから誰かが押しているのではないかというくらい、上に上に、どんどん足が上がっていくという状態になっていました。これはほんとに劇的で、びっくりしました。その頃は山手式脱カルマも毎日やっていたし、人にも勧めた。はっとするほど効果があった。
 正中線みたいな軸がまっすぐ通らないと、まず下の結晶と上の結晶が揃わないし、さらには、先ほど書いた、どちらかの四面体だけがもっぱら機能しても、もうひとつは環境に依存してしまい、そこで重くなって、マカバは浮かない。男性の場合には、とくに女性の所有が必要で、そして女性の場合には、男性の所有が必要。自分の構造は、そのまま生活に投影されるので、人生の中で、この男女に関わるような自分の生活スタイルから推理してもらってもいいかもしれない。異性関係というのは、相手を借りて、そこで学習することで、マカバが飛翔するには、超地球的な女性力が必要でしょう。そしてそれに符合するのは、超地球的な男性力で、両方がこういうので構成されてしまうと、講談社の編集者がうさん臭いと思うような山手氏の世界ができあがる。つまり感性が、居酒屋で、みんなで雑談して、職場の同僚の噂話をしたりするような、ローカル的なものが欠けてきて、あの人何者?的な違和感がある感じになるかもしれないです。
 で、わたしはある日、山手ヨガに興味があるあまり、手紙を出したことがあります。山手氏に。返事はありませんでした。手紙を出す直接のきっかけは、山手氏を夢の中で見たこと。山手氏は、ブラジャーをつけて、半裸でオカマ踊りをしていて、動作が素早く、それがあまりにも面白かったので、こういう夢を見ましたという書き出しの手紙でした。もちろん意味はわかりますよね。女性力と男性力が、一体化している姿です。それをちょっと漫画的に表現したものです。

 このマカバは、日本とか中国とかだと、伝説の「鳳凰」ということですね。鳳は雄、凰は雌、羽ある生物の王という話しになっている。たとえば、高尾山の聖者、ささめ老人は、紅卍結社の日本代表でしたが、鳳凰に乗って台湾を旅してきた、という話をしていた。法隆寺の金堂などにも、天人と鳳凰が描かれているということですね。
手塚治虫の火の鳥などでは、鳳凰とフェニックスが一体化していると思うけど、フェニックスは太陽に向かって飛び、灰になり、また蘇る。
 この違いというのは、たぶん、クンダリニにたとえられる女性力のエネルギィソースが、地球の大地から引き出したものだと、太陽系の外まで飛ぶことができず、太陽の次元で無化される。で、また地上で蘇るというものでしょう。
 たぶんハータックが言ってたマカバに乗って、オリオネスまで、という場合に、女性力が、太陽系内部にあるレベルでは、燃料が足りず飛ばない。つまりフェニックスだととうてい無理。より深くて重い素材から女性力を引き出さないといけないことになります。もっとも重いものは、シリウスBにある、という話だけど、重いものは燃えると、より強力な力を引き出す。

 で、メルキゼデクは、マカバに乗って故郷に戻る、ということを述べている。マカバに乗ることでしか故郷には戻れない。例の超軽量グライダーに乗ったOOBEの話ですが、あのOOBEで行った惑星は、わたしの故郷だす。ただし過去の、ではないかもしれないが。故郷というと、恥ずかしい。というのも、あまりにも洗練されすぎていて、それを見ると、急に自分が泥の固まりに見えてくるのです。わたしがそこに関わっていると言うだけでも、はばかられるような恥ずかしさを感じる。
 で、急にここで思い出したのですが、あのOOBEが始まる前に、わたしは妙なことをしていた。
 それは、いつものように、変成意識に入るというか、瞑想状態に入る時に、何を思ったか、突然、腹に六角形を思い浮かべたのです。すると、痙攣するように振動が起きて、カラダ全体が、いきなり何かに運ばれた。そして吹っ飛ばされて、あの惑星に行くというOOBEが始まったのです。
 マカバの星型二重四面体は、当然幾何図形なので、その中にまたさらに図形を描くことができる。もしかして、マカバは、腹のあたりに、操縦するためのミニ・マカバがあるのかもしれない。わたしはそれをわけもわからずスイッチ入れて、いきなりエンジンがかかって飛び始めたのかもしれない。

 それと、あの惑星は、惑星と言っていたけど、実は球形でなく、上のほうにふやふやしたカラフルな花びらのようなものがあり、さらに、たくさんの管が集積したような固まりだった。上のカラフル花びらから、わたしはそれを、ひとりでフラワー惑星と呼んでいた。たくさんの管の集積は、モンロー研の坂本政道氏が言う、クラスターの集積だと思います。なので、あれは巨大蜂の巣。惑星ではない。

 松果腺の話になりますが、ドランヴァロ・メルキゼデクは、プラナを呼吸しないと、松果腺は退化するというようなことを述べていて、これはマカバの上の男性的な、つまり太陽四面体に直結した機能だと思う。つまりは、マカバのそれぞれの四面体の、下は拡張クンダリニ、上は拡張松果腺を頂点にする。
 松果腺は、太陽に同調するけど、原始的な松果腺は、原始的な生物の松果体と同じで、そのままラ太陽の光線に反応し、たぶんプラナを吸い込んだ本来の松果腺は、ド太陽に同調する。より上位の力と接続するのは松果腺しかないので、地球的男性力から、超男性力にシフトするには、松果腺を本来機能に回復させるしかないでしょう。
 メルキゼデクは、松果腺がプラナを通さなくなると、わたしたちは「ただ一つの現実」しか受け取れなくなるという話を書いている。24ページ
 これは肉体に縛られた、空間的な視点。身体を中心にしたリアリティのこと。松果腺が機能していない場合の視点は占星術で言うと、地球中心主義的なジオセントリック占星術のことですね。で、身体から離れた、もっと中心的な視点というのは、ここで占星術にたとえると、ヘリオセントリックのことだ。太陽の本来の役割を取り戻しているわけだから。
 松果腺が機能すると、この両方のリアリティが行き来することになるのだけど、たぶん、異なる個体との意志疎通は、意思疎通のプロトコルとなる「同期信号」が必要で、これはこの太陽系では、ド太陽にするのが一番でしょう。片方だけでなく、ジオとヘリオ両方が必要だ。

 マカバはよく知られているものだった。特に新しい概念ではなかった。で、上と下の結晶の結合体は、変化し、成長する。つまり、より拡大された、あるいは上昇したマカバは、たとえば、これまでの下に対して、新しい上をつけたり、また新しい下をつけることで、上がそれに同調する努力が始まるとか、上と下の組み合わせを変えることで、いごいごと成長する。
 ジョシュア・ディヴィッド・ストーンの「ライトボディ構築の一部は、エネルギー・フィールドやシステム全体へ、より高次のライトボディを一つずつアンカリング[降下固定]することです!マスターたちが私に伝えるには、より高次のライトボディがアンカリングし活性化される時は、常にマカバがそれを引き起こすとのことでした。マカバこそが、人のエネルギー・フィールドを取り巻く、最も外側の身体なのです。」という内容は、六角形の意味と似ていて、六角形は片方の部品を引き寄せるということです。
 もっとも卑近なマカバは、異性関係を引き寄せる。自分にフィットした相手を引き寄せた場合には、これはシフトしない人生になる。少しいままでの自分よりも範囲の大きな相手。上手にそれを習得できたら、マカバは、少し上位の力をアンカリングできる。異性関係とか仕事とか、何か環境の何かとの結びつきが重要なのではなく、それに触れることで、自身の中にそれが習得されるということが重要ですね。

 で、異性関係の場合には、これはたいていの場合、例外はあれど、肉体的な壁に阻まれた視点なので、プラナでなく、光が入ってくる松果腺世界でもあり、松果腺が、物理的なリアリティを超越するためには、女性原理と男性原理を、二足方向的に、ひとつずつシフトしながら、拡大すると良いと思うけど、この六角形の「片割れに影響を受けて、しっかり染まってしまう」原理を応用するのだったら、やはり頭痛くならない一番簡単なアプローチとしては、太陽系の外にいる生命体に接触して、そこから超男性力と超女性力の結合体を学習することが一番頭使わない方法かもしれない。物質的に存在しない相手。これを対象にするという後期チベットの修行は、マカバを作るのにも貢献したわけですね。上と下のサイズがぴったりかみ合い、軸が揃うと、ずれ成分としての欲求が消える。

 わたしたちの身体には、太陽系をこえる、微細な物質も含まれている。というのも、太陽系は銀河系の中にあり、そういう意味では、銀河系の物質に浸透されているわけだから。なので、それを引き出せば、太陽系の外に飛び出すマカバの下の三角は構築できるでしょう。退化した松果腺の視点から、つまりは科学的には、この物質は決して検出されない。
 ヴィジョンに似合うパワーが引き出される法則なわけだから、上三角のヴィジョンを拡張して、それに似合った素材を抽出すると良いですね。

 今日のヘリオの地球度数は、山羊座の12度、自然の法則を講義する学徒の度数です。さっき、ヘミシンクの5−4、フォーカス15入門やって、時間と空間のない世界を浮浪したら、びっくりするものを見てしまった。昨日の夜、フラワー・オブ・ライフぱらぱらとめくっていて、ネフェルティティの像の写真での後頭部が、1999年に、「お母さんだよー」と言って、わたしのとこにやってきた黒塗り怪物の頭とそっくりと思ったことが引き金だ。

ps、いま思い出したけど、わたしが六角形を思い浮かべる直接のきっかけは、チベットの瞑想の本を読んで、「潜在意識は図形に向かって上昇してくる」という内容を読んだことでした。あまりにも深いトランスレベルでは、脳波がゼロ状態になり、すると脳が次々と破損を始める。それを食い止めるために、最低限、ぎりぎりの単純な図形を思い浮かべるのだと説明してありました。

-------------------------2008年7月5日 6:30:49

>7月3日、瞑想で腹に六角形を思い浮かべるというのは、オーラソーマでいうところの「リインカネーショナル・スター」を設>定して、誕生時のプログラムを再生したのかなと思いました。
>市販のマカバ水晶には、五角形も見えるものとそうでないものがあるようです。どっちが本当のマカバなんでしょうか。
>わたしの持っているものは五角形も見えます。

六角形は、腹というか、腹と胸の中間あたり。
ドランヴァロ・メルキゼデクは、第二巻で、グルジエフ的オクターヴを比較的単純にチャクラとか
マカバに当てはめていて、これはかなり無理があるのではないかと思ったけど、
それでいえば、胸のチャクラに行く前の、下の三つのチャクラと、上位のチャクラを繋ぐための
「半歩」の部分、つまり半音の欠損部分に、六角形を入れて、補填したということではないかと。
マカバ水晶は、マカバとはほとんど関係ないと思います。それはもうダジャレのような効果しかないのでは。
マカバというより、話しを元に戻して、昔から伝統的に考えられているメルカバにしたほうが
わかりやすいのではないかと思った。
| 名前の由来 | 06:15 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |

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